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2012年3月12日月曜日

1年前のあの日(東日本大震災から1年)

未曾有の災害から1年がたちました。
私は関西に住んでいるので、実質的な被害を受けた訳ではありませんが1年たった今でもモヤモヤした気持ちを抱えています。

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このような記事を見て、自分も当時を振り返ってみようと思いました。
twitterでは地震の直後、このようなツイートしていました。




それまでも緊急地震速報が通知されることはしばしばあったのですが、65秒後という非常に遠くで起こった地震がこちらまで届くということに驚きがあったので、このようなツイートをしたことを思い出しました。


地震のP波はだいたい秒速5.5kmで伝播しますので、65秒という数字を見た時に300~400km離れた地点での地震がこちらまで届く。
しかもそれだけ離れているにも関わらず、途中で消滅しないということは震源ではかなり大きな地震があったと推測されました。


私はその時会社にいましたが、実際に地震波が届いた時には注意していないと分からない程度の揺れでした。
私同様に緊急地震速報を受けた者が会社のテレビをつけて、震源地が三陸沖で想像を超えた巨大地震であること、さらに地震被害が関東~東北の広い範囲に渡るものだと知りました。
それからは被災した営業所、社員への安否確認に一日費やしたことを思い出します。
その中でTV、Ustreamで流れる津波の映像をこの世のものとも思えぬ感覚で見ていました。


宮城、福島には親戚もおり、帰宅後も安否確認に躍起になってました。幸い皆無事でした。


それから2日程はツイートの量もすごく少なくて、大きなショックを受けてグッと沈み込んでいたことも思い出しました。
3日後くらいからようやく、被災していない自分達がしっかりしなくてどうする? という気持ちを持てるようになったと思います。


今でもこうやって振り返っていると、その時の気持ちや忘れていたこと、思い出したく無かったことも思い出してしまって何とも言えない気持ちになります。
しかし、このまま振り返らなければモヤモヤした気持ちは持ちながらも時間の経過と共に、徐々に自分の中で風化が進んでしまったでしょう。


被災した訳でもない自分が、あの日のことをつらつら書き綴るのもどうか? とも考えましたが、あの日のことを忘れないためにも書くことにしました。


被災された方々へ1日も早い復興を。
犠牲になられた方々へ心より御冥福をお祈りいたします。

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